未設定
promieniowanie:

http://retratomaajoo.blogspot.com/2010/09/world-press-foto-mexico-2010.html
tsukamoto:

(SSを支える政治家、有名俳優たち 26日から、和歌山で法廷闘争を準備+(2/2ページ) - MSN産経ニュースから)
jung:

weird animals eating chemicals - animal nitrate
傘より水着の方が携帯性に優れている
ibi-s:

画 像 で 吹 い た ら 寝 る 。 俺 が 。:キニ速
一周忌は、親しい身内だけでやらせて下さい。めったに会わない親戚中の皆さん、親戚面しないで下さい。一番辛くて大変だった時、一緒に泣いてくれたのは、地元田老の皆さんです。わざわざ拝みに来て下さるのは嬉しいですが、しゃべりたいことしゃべって気持ちを踏みにじるような真似はしないで下さい。

アンドレアが着ているブルーのセーターは、アンドレアにとってはただのブルーのセーターだけど、ファッション産業を牽引する超一流であるミランダにはその「ブルー」(正確にはセルリアン)の背景にこれだけのストーリーがみえている。

だからミランダは、そのセーターについて、それが20世紀の巨大なファッション産業のなかで生み出された商品であるかぎり 、 
“that lumpy blue sweater”
と正しく批評することができる。

ここで、アンドレアが着ているのがバーゲンセール品の安物セーターじゃなく、「おばあちゃんが編んでくれたセーター」だったらどうだろうか?

(中略)

世界の大多数のひとが求めているのは、そういう、「おばあちゃんが編んでくれた着心地のいいブルーのセーター」なのかもしれない。質が良くて、着心地もよくて、思い入れもあって、そこではべつにデザインが10年遅れてようと関係ないし、誰かにとやかく言われることもない、流行色とかデザインとかどうでもよい。ヒッピー文化ってつまりそういうことなんだろうし、インターネットの文化もそうなのかもしんない。

批評の不在についての補足―アンドレアの着るブルーのセーターが本当に「ただのブルーのセーター」になること - 東京エスカレーターガール

大多数のひとが、思い入れのある個人的な物語を求めているのは、たしかにそうなのだろうなと感じる。

でも、その「物語」が個人的な物語か というと、ちょっと疑わしい。それこそ、産業的な要請とか政治的な要請とか、その他諸々の事情で作られたものを、個人的な物語だと刷り込まれているだけで はないか(という懐疑が、すくなくとも近代の超克に含まれていたはずである。)(たとえば、「おばあちゃん」と「アンドレア」の郷愁を帯びた関係性は特定 の家族観に依拠したもので、それは「アンドレア」の個人的な物語ではないかもしれない。)。

さらにいえば、80年代後半にみられた無印良品の成功を回顧するならば、「誰かにとやかく言われることもない、流行色とかデザインとかどうでもよい」という価値観すら、記号化して「流行」になってしまう点が、事態をより困難にしている。

無印良品は、(当時流行していたと聞く)DCブランドなどへのアンチテーゼとして定立された。つまり、ブランドという記号ではなく「無印」ではあるけれど「良」い「品」にお金を使おうという発想に基づいている。
でも、そういうアンチテーゼをよしとするライフスタイルの象徴として、無印良品は歓迎され、流行になってしまった。つまり、「記号がないという記号」を求める人たちがいたのである。

人の思惑がおよぶところに、記号論、意味論、ビジネス、政治はあり、もう「個人的な思い入れ」を後生大事にもっていくことはできないかもしれない。そういう諦念(ないし期待)が、現代「批評」の基調をなしていたと思うのだけれども(私の観測範囲が狭いだけ?)。

(via inf)

なんとなく「消費論ブーム」の論文の内容を思い出してしまった。
http://d.hatena.ne.jp/ced/20061110/1163210364

(via pdl2h)

yuuyamatsumoto:

tumblrの世界では、ピューリッツァー賞を取った写真も、ゴッホの描いたひまわりの絵画も、小学生の書いた詩も、全て公平だ。それがクールかどうかそれだけだ。

windows「再起動するの!?いま、再起動するの!?ねぇ!再起動!再起動する!?」
ユーザー「いいや、再起動しないよ」
windows「本当!?大丈夫なの!?再起動しないの!?」
ユーザー「あぁ、後でするから大丈夫だよ」
windows「そうかぁ!僕コンピュータだから!コンピュータだからそゆことわかんないから!」
ユーザー「そうだね。わからないね」
windows「うん!でも後でするんだ!そうなんだぁ!じゃぁ再起動しなくていいんだよね!」
ユーザー「そうだよ。後でいいんだよ」
windows「よかったぁ!じゃぁ後でしようね!再起動しようね!」
ユーザー「うん、後でね」
windows「・・・」
ユーザー「・・・」
windows「あぁ!今、少し時間だったから再起動しようね!ね、ご主人様!」
ユーザー「うん。もうちょっと待とうね。」
windows「あぁーご主人様、今僕はアップデートしているよー!電源は自動で切れるからねー!」
どうも最近、ネットリテラシーという語が「どれだけ多くのコピペ、あるいはその出典元を知っているか」という意味になりつつある気がする。ダメ教養主義と命名した。
Twitter / @y_arim (via raitu)